これまでの回で、私は何度も「状態」という言葉を使ってきました。
第3回では「状態を持つと、tkinterはアプリになる」と書きました。
第4回では増えてきた状態を整理する必要性を考えました。
第5回では、状態が増えたときに突然難しくなる理由を整理しました。
第6回では、状態管理という設計の考え方に触れました。
では、ここで一つの疑問が生まれます。
その状態は、どこに置けばいいのでしょうか?
変数として書けば動きます。
グローバル変数でも、とりあえずは問題なく動作します。
小さなスクリプトなら、それでも十分かもしれません。
しかし、ボタンが増え、処理が増え、画面が増えたとき――
「どこで何が変わったのか分からない」という感覚が生まれます。
それは技術的な難しさというより、
構造が曖昧であることの難しさです。
今回は、その曖昧さに一つの選択肢を提示します。
状態を「クラス」にまとめるという選択です。
状態を意識するだけでは足りない。
状態を“置く場所”を決める必要がある。
ここから、tkinterは少しだけ構造を持ちはじめます。
🧠 第1章:なぜ変数のままでは限界が来るのか
tkinterでアプリを作り始めたとき、多くの人はこう書きます。
current_code = None
is_running = False
processed_count = 0とりあえず必要な状態を、上に並べていく。
小さなスクリプトなら、それで十分です。
ボタンが1つ、処理が1つ程度なら問題は起きません。
しかし、少しずつ機能が増えていくと状況が変わります。
- ボタンが3つになる
- 処理モードが増える
- エラー状態を持ちたくなる
- 処理件数を画面に表示したくなる
すると、状態を表す変数も増えていきます。
current_code = None
is_running = False
processed_count = 0
error_flag = False
mode = "normal"
selected_item = Noneここまではまだ大丈夫です。
問題はその次です。
🔎 どこで変更されたのか分からなくなる
たとえば processed_count が増えている。
でも、
- どの関数で更新されたのか?
- 二重にカウントされていないか?
- エラー時にも増えていないか?
これを追うのが、だんだん難しくなっていきます。
状態が散らばると、責任も散らばります。
🔗 関数同士が密結合になる
ボタンAの処理が mode を変更し、
ボタンBの処理が mode を前提に動く。
気づかないうちに、
「暗黙の前提」がコードのあちこちに埋め込まれていきます。
そしてある日、
なぜかこの順番で押さないと動かない
という現象が起きます。
これはバグというより、
構造が曖昧なことの結果です。
🧩 スクリプトは動く。でも構造がない。
ここが重要です。
コードは動きます。
エラーも出ません。
一応完成しています。
でも、どこか落ち着かない。
なぜかというと、
状態の居場所が決まっていないからです。
変数として存在しているだけで、
「まとまり」を持っていない。
それは、部屋に物が散らばっている状態に少し似ています。
動くことと、整理されていることは別です。
🧠 小さな違和感が、成長の入口になる
tkinterが難しく感じる瞬間は、
実は機能が増えたからではありません。
状態が増えたからでもありません。
状態の管理方法が曖昧なまま拡張したことが原因です。
この違和感に気づいたとき、
アプリは一段階進化する準備ができています。
では、その状態に“居場所”を与えるとどうなるのか。
次章で、状態を一つの箱にまとめてみます。
🏗 第2章:状態を“クラス”にまとめる
前章では、状態が散らばることで構造が曖昧になる話をしました。
では、どうすればよいのでしょうか。
一つの答えは、とてもシンプルです。
状態を、ひとつの箱にまとめる。
その箱として使えるのが「クラス」です。
📦 状態専用のクラスを作る
たとえば、これまでバラバラに置いていた変数を、
次のようにまとめます。
class AppState:
def __init__(self):
self.current_code = None
self.is_running = False
self.processed_count = 0
self.error_flag = False
self.mode = "normal"
self.selected_item = Noneそしてアプリの起動時に、1つだけインスタンスを作ります。
state = AppState()これだけです。
やっていることは単純です。
でも、この一手で構造が生まれます。
🔎 何が変わったのか?
見た目は大きく変わっていません。
しかし、意味が変わっています。
以前は、
processed_count += 1と直接書いていたものが、
state.processed_count += 1になります。
この違いは小さいようで大きい。
processed_count はただの変数ではなく、
「アプリの状態の一部」になりました。
🧠 状態に“居場所”ができる
クラスにまとめることで、
- 状態はここにある、と明示できる
- 何がアプリの状態なのか一目で分かる
- 新しい状態を追加する場所も決まる
状態の居場所が決まると、
コード全体の見通しが一気に良くなります。
散らばっていた責任が、ひとつに集まります。
🧩 まだロジックは入れない
ここで大事なのは、
このクラスは「状態を入れる箱」だということです。
まだ処理ロジックは入れません。
まずは、
- データをまとめる
- 状態を可視化する
- アプリの“現在”をひとつに集約する
それだけで十分です。
🌱 構造が生まれる瞬間
状態をクラスにするというのは、
単なる文法の話ではありません。
それは、
アプリの中に、ひとつの中心を作るということです。
状態が中心にあり、
UIやイベントはその周りを回る。
この構造ができた瞬間、
tkinterはスクリプトから一歩進みます。
次章では、この状態クラスと
tkinterの「イベントドリブン」との関係を整理します。
ボタンが押されたとき、
本当に起きていることは何なのか。
そこを一段、抽象化してみましょう。
🔁 第3章:イベントドリブンと状態の関係
tkinterは「イベントドリブン」で動いています。
ボタンが押される。
キーが入力される。
ウィンドウが閉じられる。
何かが起きたときに、関数が呼ばれる。
それがイベントドリブンです。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみます。
ボタンが押されたとき、
本当に起きていることは何でしょうか。
🎯 イベントは“きっかけ”にすぎない
たとえば、こんなコードがあります。
def on_start():
state.is_running = True
state.processed_count = 0ボタンを押すと、この関数が呼ばれます。
でも本質は「ボタンが押されたこと」ではありません。
本質は、
is_runningが True になったprocessed_countが 0 にリセットされた
という 状態の変化 です。
イベントは“きっかけ”。
アプリの実体は“状態の変化”です。
🧠 アプリとは状態の遷移である
少し抽象化してみましょう。
アプリは、
「状態A」
↓
イベント
↓
「状態B」
という遷移を繰り返しています。
たとえば:
- 停止中 → ボタン押下 → 実行中
- 実行中 → 処理完了 → 停止中
- 実行中 → エラー発生 → エラー状態
UIはこの変化を“表示”しているにすぎません。
本体は、常に状態です。
🔄 状態クラスがあると何が起きるか
状態をクラスにまとめたことで、
アプリの「現在地」が常に一箇所にあります。
print(state.is_running)
print(state.processed_count)どんなイベントが起きても、
最終的に行き着くのはこの state です。
イベントが増えても、
処理が増えても、
アプリの中心は変わりません。
これが「構造」です。
🧩 UIは状態を映す鏡になる
たとえば、ラベルの表示を更新する場合。
label.config(text=str(state.processed_count))ラベルは、状態を表示しているだけです。
ボタンは、状態を変更するきっかけ。
ラベルは、状態を映す鏡。
この視点を持つと、
- どこで何を変更しているか
- どこで表示しているか
がはっきり分かれるようになります。
🌌 少し視点を上げる
tkinterが難しく感じるのは、
イベントが多いからではありません。
イベントに振り回されるからです。
しかし、
「アプリは状態の変化である」
と理解すると、
イベントはただのトリガーになります。
主役は常に状態です。
ここまで来ると、
「UI」と「状態」を分けて考えたくなります。
次章では、
UIと状態の責務を分離する発想に触れてみましょう。
🧩 第4章:UIと状態を分けるという発想
第3章では、アプリの本質は「状態の変化」であると整理しました。
では、UIの役割は何でしょうか。
ボタンは状態を変更する“きっかけ”。
ラベルは状態を表示する“鏡”。
そう考えると、UIは状態そのものではありません。
UIは、状態を操作し、状態を映す存在です。
🏗 役割を分けて考えてみる
ここで一度、整理してみましょう。
- State:アプリの現在地を保持する
- UI:表示と入力を担当する
- 処理ロジック:状態をどう変えるかを決める
今までは、これらが混ざっていました。
ボタンの関数の中に、
- 状態変更
- 計算処理
- 画面更新
すべてが書かれていたはずです。
それでも動きます。
しかし、分けて考えると見通しが変わります。
🔎 例:少しだけ整理してみる
たとえば、ボタン処理をこう考えます。
def on_start():
start_process(state)
update_view()ここで、
def start_process(state):
state.is_running = True
state.processed_count = 0UI側は「呼び出す」だけ。
状態の変更は、状態を扱う関数に任せます。
ラベル更新も、
def update_view():
label.config(text=str(state.processed_count))と分離できます。
🧠 分けるだけで、何が変わるのか?
まだ構造は小さいです。
でも、
- UIはUIの役割に集中する
- 状態は状態の場所に集まる
- 処理は処理として整理される
この分離ができると、
アプリが“読みやすく”なります。
そして、拡張が怖くなくなります。
🔁 小さな分離が、大きな拡張を支える
ボタンが10個になっても、
- 状態は
AppStateにある - UIはイベントを受け取るだけ
- ロジックは関数で管理される
この枠組みが崩れません。
これが「構造化」の意味です。
コードが増えても、秩序は崩れない。
🌱 まだ難しい設計は必要ない
ここで無理にMVCやデザインパターンを持ち込む必要はありません。
大事なのは、
役割を分けるという感覚を持つこと。
状態をクラスにしたことが、
その第一歩でした。
次章では、この考え方が
実務RPAや業務アプリでどのように活きるのかを見ていきます。
tkinterは学習用GUIではなく、
構造を持った実用アプリに変わります。
💼 第5章:実務RPAでどう活きるか
ここまで、状態をクラスにまとめ、
UIと役割を分ける話をしてきました。
では、この構造は実務で役に立つのでしょうか。
答えは、はっきりと Yes です。
むしろ、実務こそ構造が必要になります。
📊 実務では“状態の数”が多い
業務RPAや業務アプリでは、
扱う情報が一気に増えます。
たとえば:
- 現在処理中のレコードID
- 処理件数
- エラー発生フラグ
- 実行モード(通常/検証/テスト)
- 処理済みかどうかの状態
- 一時的に保持するデータ
これらをグローバル変数で管理すると、
ほぼ確実に混乱します。
しかし、状態クラスがあると、
class AppState:
def __init__(self):
self.current_record_id = None
self.processed_count = 0
self.error_flag = False
self.mode = "normal"
self.temp_data = Noneアプリの“現在地”が常に一箇所にまとまります。
🔁 RPAは状態遷移の連続
RPA処理は、実は単純です。
- レコードを取得
- データを保持
- 外部画面へ入力
- 結果を確認
- 次のレコードへ
これを繰り返します。
しかし実際には、
- エラーが起きる
- スキップするケースがある
- 再実行が必要になる
つまり、常に状態が変化しています。
この変化を管理するのが state です。
🧠 エラー処理が整理される
たとえば、途中でエラーが発生した場合。
state.error_flag = Trueその瞬間にアプリ全体が
「今はエラー状態である」
と認識できます。
UIはそれを見て表示を変える。
ロジックはそれを見て処理を止める。
エラーが“散らばらない”。
これは実務では非常に重要です。
📈 拡張が怖くなくなる
新しい機能を追加したいとき。
- 処理モードを増やす
- ログ保存機能を追加する
- 再実行機能を入れる
状態クラスがあれば、
「追加する場所」が明確です。
構造があると、拡張は怖くありません。
構造がないと、拡張は恐怖になります。
🌱 tkinterは“業務アプリ”になる
tkinterは学習用GUIと思われがちです。
しかし、状態を持ち、
構造を持ち、
役割を分けると、
それは立派な業務アプリになります。
派手なフレームワークでなくてもいい。
まずは、
状態に居場所を与える。
それだけで十分です。
ここまでで、
- 状態をクラスにする
- イベントとの関係を理解する
- UIと分離する
- 実務で活かす
という流れが完成しました。
最後に、この第7回をまとめましょう。
🌌 まとめ:状態に居場所を与えるということ
これまで、状態という言葉を何度も使ってきました。
状態を持つ。
状態を整理する。
状態管理を考える。
そして今回、
状態を「クラス」にまとめました。
やっていることは、決して難しくありません。
変数をひとつの箱に入れただけです。
しかし、その一手で
アプリの構造は大きく変わります。
状態をクラスにするというのは、
単なる書き方の違いではありません。
それは、
アプリの中心を明確にすることです。
イベントはきっかけにすぎない。
UIは状態を映す鏡にすぎない。
本体は常に、状態の変化です。
状態に居場所ができると、
- 何がアプリの現在地なのか分かる
- どこに追加すればよいか分かる
- 拡張が怖くなくなる
コードは動くだけでなく、
落ち着きを持ちはじめます。
tkinterは小さなGUIライブラリです。
しかし、状態を構造化した瞬間、
それは「アプリ」になります。
スクリプトから、構造へ。
思いつきから、設計へ。
その第一歩が、
状態をクラスにするという選択でした。
次回は、
UIとロジックをさらに整理し、
より読みやすく拡張しやすい形へ進みます。
小さな分離が、
大きな安定を生みます。


