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TEMPLE CODE CHRONICLE 覚醒編 24|こちらの午後、向こうの朝

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こちらの午後、向こうの朝

こちらの午後、向こうの朝

午後一時五十八分。

澪はリビングの時計を見ていた。

輸送ケースは、壁際へ横にして置かれている。

作品を収めてから一度も動かしていない。それでも澪は、ケースの固定状態を示す小さな緑色の表示を、朝から何度も確認していた。

奏人が投影装置の前へ座る。

「まだ二分あるぞ」

「ママは早く掛けてくるかもしれない」

「昨日も二分早かったから?」

「うん」

「偶然だろ」

奏人がそう言い終えるより先に、接続音が鳴った。

澪は奏人を見る。

「二分早い」

「玲らしいな」

投影面に光が集まる。

現れた玲は、宿舎の小さな部屋にいた。窓から入る朝の光はまだ低く、白い壁へ長い影を落としている。

髪は緩く後ろでまとめられ、手には湯気の上がるカップを持っていた。

「おはよう」

玲が笑う。

「そっちは、こんにちはね」

「おはよう、ママ」

澪は返事をしながら、玲の表情を見た。

いつもより少しだけ嬉しそうに見える。

何も知らないふりをしているのだろうか。

「今日は早いのね」

玲が言った。

「ずっと待ってた?」

「二分だけ」

「本当に?」

「お昼を食べてからは、もう少し」

玲が笑う。

奏人は投影装置の表示を確認しながら、何も言わなかった。

「ママ」

澪は朝から手元に置いていた旅程表示を持ち上げた。

玲の笑みが、少しだけ深くなる。

「これ、知ってた?」

「何かしら」

玲はわざとらしく首を傾げた。

「リュキアに行くって書いてある」

「そうなの?」

「ママが考えたんでしょ」

玲は数秒だけ何も知らない顔を続けようとしたが、先に笑ってしまった。

「ごめんなさい。もう無理」

「やっぱり」

「いつ気づいたの?」

「今朝、パパに聞いた」

「その前は?」

「何か隠してるのは分かってた。ケースとか、服とか、旅券の端末とか」

玲は奏人を見る。

「全然隠せてないじゃない」

「行き先は分かってなかった」

奏人が答える。

「それなら十分だ」

「澪はずっと疑ってたのよ」

「疑うことと特定することは違う」

澪は二人のやり取りを聞きながら、旅程を膝の上へ置いた。

「ママ」

「なに?」

「本当に会える?」

玲の表情から笑いが消えた。

代わりに、朝の光より柔らかなものが残る。

「会えるよ」

玲ははっきり答えた。

「空港まで迎えに行く。二人が着く日は、朝から予定を空けてあるから」

「急に調査が入っても?」

「入れない」

「できるの?」

「その日は、私がいなくても進められるように調整したの」

玲はカップを机へ置いた。

「今回は、澪とパパに会うための休みだから」

澪は旅程の端を指で押さえた。

朝、奏人から聞いた言葉と同じだった。

遺構ではなく、家族が最初。

「その次の日は?」

「次の日も一緒にいる予定」

「その次は?」

玲は少し考える。

「三日目は、午前中だけ確認へ行くかもしれない。でも、お昼には戻る」

「どこに?」

「二人が泊まるところへ」

「ママも一緒に泊まる?」

「もちろん」

玲は笑った。

「宿舎から荷物を持っていく。旅行の間くらい、三人で同じ場所にいたいもの」

三人で同じ場所。

澪は壁際の輸送ケースを見た。

玲も投影越しに、その視線を追う。

「絵、入れたの?」

「うん」

「開かなかった?」

「開いてない」

玲は小さく息を吸った。

「ありがとう」

「何でママがお礼言うの?」

「待っていてくれたから」

「ママも待つって言ったから」

「そうだったね」

玲は頷いた。

「こっちへ来たら、一緒に開こう」

「パパも」

澪が言う。

奏人が顔を上げた。

玲も奏人を見る。

「三人で?」

「うん」

澪はケースへ目を向けたまま答えた。

「パパはもう見てるけど、もう一回」

「分かった」

玲はすぐに答えた。

「三人で見よう」

奏人は少しだけ口元を緩めた。

「見る場所も考えておかないとな」

「普通の部屋でいいよ」

澪が言う。

「遺構の近くじゃなくて?」

奏人が尋ねる。

「絵を見るのに、遺構は関係ないでしょ」

「その通りだな」

玲が声を立てずに笑った。

「パパ、何か変なこと言った?」

「いいえ。澪の方がちゃんと分かってると思っただけ」

澪は二人を交互に見る。

また何かを共有しているように見えたが、今度は不思議と気にならなかった。

隠されていたことの一番大きな部分は、もう自分の前に開かれている。

出発する日。

到着する場所。

空港で待っている玲。

三人で絵を見る時間。

それだけ分かれば、今は十分だった。

*

通信が終わったあと、澪はすぐに結菜へメッセージを送った。

《夏休み、ママのところに行く》

送信してから、説明が足りないと思い、

《リュキア》

と続けた。

既読はすぐについた。

けれど、返事は来ない。

一分ほどして、端末が着信を知らせた。

澪が応答すると、結菜の顔が画面いっぱいに現れた。

「リュキアって、あのリュキア?」

「ほかにあるの?」

「知らないけど!」

結菜は画面の向こうで何かを落としたらしく、一度姿を消した。床へ落ちた音のあと、端末が持ち上げられる。

「いつ?」

「夏休みに入ってすぐ」

「玲さんの遺構のところ?」

「近く。遺構に行けるかはまだ決まってないって」

「すごい」

結菜は言ったあと、急に黙った。

「どうしたの?」

澪が尋ねる。

「いや、本当に行くんだと思って」

「うん」

「外国だよね」

「そうだよ」

「飛行機、何時間?」

「乗り継ぎもあるから、かなり」

「絵も持っていくの?」

澪は画面を輸送ケースの方へ向けた。

「もう入れた」

「開いた?」

「開いてない」

「玲さんと開けるんだ」

「ママと、パパと、私で」

結菜は少しだけ目を細めた。

「そっか」

その言い方に、澪は何かが引っかかった。

「結菜も見たい?」

「見たいけど、それは三人で見る絵でしょ」

「帰ってきたら見せるよ」

「いいの?」

「うん。結菜にも実物を見てほしい」

結菜の顔が明るくなる。

「じゃあ、光がある時間にしよう」

「光?」

「実物は光で変わるんでしょ。澪の家のどの時間が一番きれいか調べないと」

「また調査会?」

「大事な案件です」

結菜は笑った。

けれど、笑いが消えたあとも、画面を切ろうとはしなかった。

「澪」

「なに?」

「あの白い子のこと、調べる?」

澪はすぐには答えなかった。

セフィリア。

その名前を聞くのは、数日ぶりだった。

水面の向こうに立っていた少女。

自分を見ていたように感じた視線。

結菜には横顔に見えた、同じ場所の白い影。

「分からない」

澪は答えた。

「ママの調査場所は近いけど、私が行くのはそのためじゃないから」

「うん」

「もし何か分かっても、勝手に調べたりはしない」

「私がいないから?」

「それもある」

結菜は少し驚いた顔をした。

澪自身も、口にしてから気づいた。

セフィリアを見た場所には、結菜がいた。

同じ場所で何かを見て、違う記憶を書き、その違いを消さずに残した。

リュキアで何かを見ても、そこには結菜はいない。

澪一人の見え方だけでは、何が見えたのか分からないかもしれない。

「帰ったら話して」

結菜が言った。

「何もなくても?」

「何もなかったことも」

「うん」

「匂いも」

「匂い?」

「向こうの空気とか、食べ物とか、土とか」

結菜は指を折りながら数える。

「写真じゃ分からないもの、全部」

澪は少し笑った。

「覚えてこられるかな」

「澪は絵にすればいいじゃん」

「匂いは描けないよ」

「私があとで考える」

「何を?」

「澪の絵に合う匂い」

結菜は当然のように言った。

「澪が向こうで見たものを描いて、私がそのときの匂いを作る」

「本物と違うかもしれない」

「同じじゃなくていいんでしょ」

結菜の言葉に、澪は黙った。

同じ場所を見ても、見えるものは違う。

同じ茶葉でも、最初に気づく香りは違う。

画像は実物の一部で、全部ではない。

それでも違うもの同士を渡し合えば、一人では見えなかったところへ届くことがある。

「うん」

澪は頷いた。

「帰ってきたら、一緒に作ろう」

「約束ね」

「うん」

結菜は満足したように笑う。

「それで、調査会としては何を準備すればいい?」

「何もいらないよ」

「海外へ行く人に何も持たせない調査会なんてないでしょ」

「調査会じゃなくて旅行だってば」

「じゃあ旅行用」

「何を持たせるの?」

「まだ考えてない」

結菜はしばらく真剣な顔をした。

「向こうの匂いばっかりになったときに、こっちを思い出すもの」

「そんなのいる?」

「行ってみないと分からないでしょ」

それは奏人の言う分類保留に少し似ていた。

必要かどうか分からない。

それでも結菜は、澪が持っていける何かを考えようとしている。

「じゃあ、考えておいて」

澪が言う。

「任せて」

結菜は胸を張った。

通信を切る前に、澪はもう一度、輸送ケースを画面へ映した。

「これ、重いんだよ」

「奏人さんが持つんでしょ」

「私も途中で持つ」

「腕、また筋肉痛になるよ」

「もう治った」

「旅行の次の日に遺構へ行って、腕が痛くて何もできなくなるやつだ」

「遺構へ行くって決まってない」

「じゃあ玲さんと絵を見るとき、腕が痛くて開けられなくなる」

澪はケースの留め具を見る。

「それは困る」

「だから奏人さんに持ってもらいなさい」

「少しは持つ」

「頑固」

「結菜に言われたくない」

二人は笑った。

通信が終わると、リビングは急に静かになった。

奏人は少し離れた台所で、昼食に使った食器を片づけていた。

澪は輸送ケースの前へ座る。

朝、ケースに絵を収めたとき、澪が思い浮かべていたのは、玲と一緒に開く時間だった。

今は少し違って感じる。

まだ玲に見せていない絵。

三人で開くと決めた絵。

そして、帰ってきたら結菜にも実物を見せる絵。

閉じたままなのに、その絵を囲む人は少しずつ増えていた。

窓から午後の光が差し込み、ケースの表面へ白い線を引く。

澪はその線へ指を重ねた。

光は指のところで途切れ、その向こうからまた続いていた。

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