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TEMPLE CODE CHRONICLE 覚醒編 17|同じ光、違う影

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目次

同じ光、違う影

月曜の朝、澪は通学鞄を右肩へ掛けて、すぐに左へ替えた。

腕の奥が重い。

昨日、じょうろを持ち上げるたびに使っていた場所が、遅れて自分の存在を知らせている。

玄関を出ると、夜の間に少しだけ雨が降ったらしく、道路の端がまだ濡れていた。日向はもう乾き始め、低い植え込みから湿った土の匂いが上がっている。

門を閉めたところで、通りの向こうから結菜が歩いてきた。

結菜も澪を見つけて手を上げたが、肩より上まで上げたところで顔をしかめた。

「痛っ」

「筋肉痛?」

「澪も?」

澪は右腕を少し曲げてみせた。

「ここ」

「同じところだ」

結菜は安心したように笑った。

「よかった。私だけだったら、水のやり方が下手だったことになる」

「一緒に下手だった可能性もあるけど」

「それは考えないことにする」

二人は並んで学校へ向かった。

いつもの通学路だった。

住宅区画を抜け、小さな公園の横を通り、低い水路に沿って歩く。頭上では街路樹の葉が朝の光を細かく揺らし、通勤用の小型シャトルが音もなく二人を追い越していった。

結菜は昨日の水脈茶屋の話を始めた。

今度はスープを二杯おかわりしたいこと。 料理区画で実際に手伝ってみたいこと。 ロッシュが、保存してほしくない冗談まで律儀に確認してきたこと。

澪も相づちを打っていたが、水路へ差しかかったところで、会話が途切れた。

昨日の足水庭よりずっと細く、浅い水路だった。

それでも朝日が水面に当たり、白い光が揺れている。

結菜も同じものを見たらしい。

少し歩調が遅くなった。

「あの子さ」

結菜が言った。

澪は水面から目を上げなかった。

「うん」

「昨日の白い髪の子」

その呼び方だけで、昨日の光景が近くなる。

冷たい水の音。 白い髪。 名前になる前から知っていたような感覚。

結菜はしばらく黙ってから尋ねた。

「あの子、こっち見てなかったよね?」

澪は顔を上げた。

「見てたと思う」

結菜が足を止めた。

澪も二歩ほど先で止まる。

「見てた?」

「そう見えた」

「澪の方を?」

「たぶん」

結菜は昨日の景色を探すように、目を細めた。

「私には、横を向いてるように見えた」

「横?」

「水の流れてくる方。少し下を向いてたと思う」

澪の記憶では、そうではなかった。

少女のような姿は水路の向こうに立ち、こちらを向いていたように見えた。

目の色までは思い出せない。 表情も分からない。

それでも、自分へ視線が届いたような感覚だけは残っている。

「私と目が合った気がした」

澪が言うと、結菜は驚くより先に考え込んだ。

「じゃあ、立ってた場所は?」

「水の向こう」

「どのへん?」

結菜は水路の反対側を指した。

「私は、大きい石の左側にいたと思った。木の影がかかってたところ」

「石の右側じゃなかった?」

「右?」

「水面に光が集まってたところ」

二人は黙った。

昨日、同じ場所で、同じ時刻に、白い少女のような姿を見た。

少なくとも二人とも、そう思っていた。

「髪は?」

結菜が自分の肩甲骨のあたりへ手を当てる。

「これくらいだったよね」

澪は首を振りかけて、やめた。

澪に見えた髪には、はっきりした長さがなかった。

腰より下まで伸びていたようにも、光の中へそのまま続いていたようにも思える。

「もっと長かったと思う」

「腰くらい?」

「分からない。途中から水の光と混ざってた」

「服は白?」

その問いに、澪は答えられなかった。

澪には、白い少女のように見えていた。

けれど、何が白かったのだろう。

髪は白かったように思う。 肌にも光が当たっていた。

服を見た記憶だけが、薄く抜け落ちている。

「結菜は覚えてる?」

「薄い色の服。袖があったと思う。たぶん」

結菜の声にも、少しずつ自信がなくなっていった。

朝の通学路を、自転車に乗った上級生が通り過ぎる。二人は道の端へ寄った。

澪は鞄の紐を握り直した。

腕がまた鈍く痛んだ。

その痛みは確かだった。

昨日、水を運んだことも、スープを飲んだことも、結菜と同じ場所で白い姿を見たことも確かだった。

けれど、その姿だけが、二人の間で少しずつ違う形をしている。

「名前は?」

結菜が尋ねた。

「セフィリアって、聞こえたの?」

「聞こえてない」

澪は答えた。

「じゃあ、あの子が言ったんじゃないの?」

「声は聞いてない」

「でも、見たときにセフィリアだと思った?」

澪は頷いた。

「見たときに、なぜかそう思った」

結菜は腕を組もうとして、筋肉痛を思い出したらしく、すぐに下ろした。

「変なの」

「うん」

「でも、澪が適当に言った感じもしなかったんだよね」

「自分でも分からない」

水路の光が風で崩れ、細かく分かれた。

結菜はその光をしばらく見ていた。

「昨日のスープさ」

突然、結菜が言った。

「スープ?」

「私、最初にレモンバームの匂いがしたんだけど、澪はタイムの香りが強いって言ったじゃん」

「言った」

「同じ器から飲んでたのに」

「器は別だったけど」

「そういうことじゃなくて」

結菜が澪の腕を軽く小突く。

澪は痛む方の腕だったので、少しだけ顔をしかめた。

「あ、ごめん」

「大丈夫」

「同じものでも、最初に分かるところが違うってこと」

結菜はもう一度、水路の向こうを見た。

「私には横顔で、澪には正面に見えたのかも」

「そんなことある?」

「知らない」

結菜はあっさり答えた。

「でも、片方が間違ってるって決めるよりはいいでしょ」

澪は昨日の白い姿を思い出そうとした。

白い髪。 こちらへ届いたように感じた視線。 セフィリアという音。

思い出そうと力を入れると、その輪郭はかえって光の奥へ遠ざかった。

「同じ子だったのかな」

澪が言う。

結菜は少し考えた。

「同じ子を、違うところから見たのかもしれないね」

「違うところ?」

「見る人の方」

結菜は自分を指し、それから澪を指した。

「私と澪で、見てる位置が少し違ったから」

「隣にいたよ」

「少しは違う」

「それであんなに変わる?」

「知らないってば」

結菜は笑った。

澪もつられて笑う。

二人はまた歩き始めた。

水路が道から離れ、住宅の間へ曲がっていく。

白い光はしばらく建物の隙間から見えていたが、やがて植え込みの向こうへ隠れた。

「ねえ」

結菜が言う。

「学校に着いたら、別々に覚えてることを書いてみない?」

「別々に?」

「うん。あとで比べる。これ以上しゃべると、どっちかの記憶が混ざりそうだから」

澪は少し考えて、頷いた。

「お父さんたちにも見せる?」

「先に二人で見る」

「どうして?」

「調査会だから」

「いつできたの」

「今」

結菜は得意そうに言った。

学校の塔が、街路樹の向こうに見えてくる。

入口の案内柱に、始業までの時間が表示されていた。

「あと九分」

澪が言う。

「走れる?」

「腕だけ筋肉痛だから」

「じゃあ走ろう」

二人は鞄を押さえながら走り出した。

足元の水たまりに、二つの影が映る。

同じ方向へ走っているのに、木漏れ日を通るたび、長さも輪郭も少しずつ違っていた。

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